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岐阜地方裁判所大垣支部 昭和29年(ワ)5号 判決

主文

被告は原告に対し金拾五万円を支払え。

原告その余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

(省略)

理由

原告と被告が訴外坂下作一の媒酌で昭和二十八年四月十日挙式の上結婚し被告方に同棲して夫婦生活に入つたこと、同年十月二日原告が実方に戻つたことは当事者間に争わない。

被告主張の同年九月三十日媒酌人坂下作一立会の上原被告合意の上婚姻予約を破棄したとの点を案ずるに証人坂下作一、田中良一の各証言及原告本人の訊問の結果を綜合すると、その事実のなかつたことが認定できる。被告の全立証をもつてするも右認定を左右するに足らず。その他に何等の証左はない。

次に被告主張の被告は原告の方に婚姻関係を継続し難き重大な事由があつたから婚姻予約を破棄し内縁の夫婦関係を解消したとの点を勘案するに証人山下清吾、山下いよ、山下健三、山下正二の各証言中被告の主張に添う証言は左の認定事実に照し措信するに足らずその他に該主張事実を肯認するに足る証左はない。

証人坂下作一、田中良一、富田滝男、渡辺厚の各証言鑑定人浅井俊三の鑑定の結果、原告本人田中栄子の訊問の結果を綜合考察すると、前段認定の通り原告は被告と挙式結婚し被告方で同棲しその家業である農業に従事し、被告やその家族である舅姑から良く働く良い嫁を迎えたと喜ばれており間も無く妊娠したが田植時の農繁期に差しかかつたため、無二無三に働くことのみを考え労働力の減退を虞れた被告や姑等の人工妊娠中絶のすすめにより同年六月九日被告に伴れられて大垣市本町一丁目九十五番地産婦人科渡辺厚医師の診察を受け悪阻脚下の症状身体衰弱等により同医師によつて優生保護法により早期人工妊娠中絶の手術を受けたこと。その後被告から十分なる静養期間を与えられず為めに健康は完全に回復せず心身に無理をして農耕作業等に従事していたが、この健康状態で同年九月下旬頃雨中に早稲刈りをしたため風邪をひき鼻に不快を感じたので同年十月一日大垣市西濃病院で診察を受けたところ軽度の慢性蓄膿症に風邪が素で急性増悪症をもたらしたものと診断された。よつて家に帰つてこの診断の結果を報告したところ、被告方家族一同は蓄膿症を厭悪すること殊の外にして蓄膿症を病む原告は寸刻も早く被告方を去らしめるにしかずと考え、原告に対する態度が途端に冷淡となりその処遇を不愉快に思つていた原告のその夜の些細な行動を捉えて、原告が気が狂つたと誇張し、翌二日被告の母いよが原告を伴つて媒酌人坂下作一方に送り戻したこと。原告は止むなく実家に戻り療養の上全快したので、同月十四日被告方に復帰すべく、実父田中良一を伴つて赴いたが被告はその父母等と共に原告及原告の実父に対し前記人工妊娠中絶は原告が被告に無断で勝手にした不都合があり又蓄膿症を秘して結婚した不信があると難詰曲言し或は素養が低く主婦としての役目が果せないと難癖をつけ、内縁の夫婦関係を解消して婚姻成立の意思のないことを表明したことを認定するに足る。この認定を覆すに足る証左はない。しからば右認定事実により被告は原告に責むべき事由なきにかかわらず原告との婚姻予約の履行を拒絶したものであること明らかであつて、この不履行に因つて原告に損害を生ずればその損害を賠償する義務のあることは当然である。

よつて先づ原告の結婚挙式披露宴費用金二万二千六百八十円を要したが被告の婚姻予約不履行に因り同額の損害を被つたとの主張を案ずるに、我が国の家庭生活の実情から推して、格別の事情のない限り、家族の結婚披露宴の如き費用は父母或は世帯主等が負担するを普通とするが、故に、原告が被告に嫁する際の披露宴の費用を原告自ら支出負担したことを認め得る資料がないから、その費用は原告の父田中良一が支出負担したものと観るを相当とする。若し仮りに原告が自ら負担したものとするも、唯単に被告において婚姻予約を不履行したというだけでは当然に同額の損害を生ずるとは言い切れない。なんとなれば結婚披露宴は結婚(本件の場合は婚姻予約)即ち夫婦関係に入ることを目的としてこれを祝福するものであるが昭和二十八年四月十日原被告が挙式結婚し内縁の夫婦関係に入つたことは当事者間に争がなく、爾来原告は被告と同棲し被告と協力して農業に専念していたことは原告の自認するところであるから結婚披露宴のその目的は達成されたからである。尤も特段の事由がある場合は格別であるがこの点については主張立証はない。してみると披露宴費用を前提とする損害の賠償を求むる主張はその費用の支出の真否数額等につき判断するまでもなく失当たるを免れない。

次に原告の慰藉料請求の点を案ずるに前段認定の如く被告の正当な事由なき婚姻予約の不履行に因り原告に精神的苦痛を与えることは明らかなるをもつて、被告は原告に対しこれを慰藉する義務を負うは当然であり、これが慰藉の方法は金銭をもつてするを相当するが故に、進んでその数額を検討するに、証人田中良一、山下清吾の各証言及原告本人田中栄子の訊問の結果を綜合すると、原告は昭和七年八月二十九日生で被告は原告より七、八才年長であること、原被告は共に高等小学校卒業であること、原告方、被告方はいづれも一町二反歩余の自作農家にして住家、屋敷を有し牛馬を飼育し生活程度は農家として中程度以上であることが判るのでこれ等の事実に原被告間の同棲期間を合せ考えるとその慰藉料の額は金十五万円をもつて相当とする。

よつて原告の被告に対する金十五万円を限度とする本訴請求は正当であるから認容しその余は失当として棄却すべく訴訟費用につき民事訴訟法第九十八条第一項を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 植村定一)

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